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ミャンマー友好の旅


現地報告書

ミャンマー友好の旅レポート

大星雅司(おおぼし まさし)

このたび、私はミャンマー友好の旅に行ってまいりました。帰ってきて、改めて振り返ってみるとミャンマーでの1週間という時間は短かったような、長かったような不思議な感じを受けました。
 まずミャンマーに行く前の事前知識ですが、私にとってミャンマーについてはあまり知りませんでした。旧ビルマということ、アウンサンスーチーがノーベル平和賞を受賞したことくらい…しかしミャンマーに精通していなければ、普通の日本人だと皆これ位しか分からないのではないでしょうか?ですから本当に未知の世界への旅になり、新発見の連続でした。

  初日、バンコク経由でミャンマーの首都ヤンゴンに到着しました。夜に到着したのも加えてとても空港が暗く思えました。まず一つ目の驚きは、治安のことでした。現地日本人ガイドさんの話によれば、軍事政権とは言いながらも、アジアでは日本、シンガポールに並ぶほど治安がいいということでした。私は何も知らないから危険な国と間違った考えをもっていました。無知は怖いです。そしてその事実はこの旅行中に随所に見られることになります。初日の夜、この旅行のミャンマー側の窓口となる、ミャミャウィンさんにお会いしました。ミャミャウィンさんはかつて、来日中にクーデターが起こり、帰国できなくなり政治難民に指定された経歴を持っている方です。翌日以降の観光にはミャミャウィンさんのお知り会いの方にガイドをお願い戴くことになりました。

2日目から観光の開始です。この日はかつて日本の築地で働いていた経験をもつウィンナさんにヤンゴンを案内してもらいました。まずはミャミャウィンさんが主催している身寄りのない子ども達の世話をしている養護施設を見に行きました。30人ほどの子供達がじっと私を見ていました。時間がなかったこともありあまり話が出来ませんでした。この旅で子供達と出会えたら、本当は折り紙を折って、みんなにあげようと考えていたのですが、初日の朝にホテルのレストランで紛失してしまいその計画が出来ず仕舞いでとても心残りでした。帰り際バイバーイと大きく手を振ってくれた子供達の笑顔が屈託のないやさしさがあふれてくる笑顔でした。
 次はパゴタという仏教寺院の観光です。さすが仏教国ミャンマーにはいたるところに寺院があり、僧も多く見られます。ヤンゴン市内には床が大理石で金色に飾られたとてもきれいで荘厳なつくりのパゴタが多くあります。また巨大な大仏の涅槃像は私を圧倒しました。このパゴタはこの旅のいたるところで目にしました。ヤンゴンを離れると断崖絶壁の洞窟にあったり、またある所では湖の中や山の頂上に建造されていたりと、古の人々の仏教への飽くなきひたむきな忠誠心が伝わってくるようです。

3日目、国内線でパガンという都市へ移動です。ミャンマーのいくつかの地方では、陸路がないところもあり、空路は良く使われているそうです。どの地方空港のある都市も殆ど空港の建物の周りは何もありません。航空会社のチケットも手書きの書き込み式で座席は全席自由でした。なにかひと昔にタイムスリップした感じがしました。
 パガンは遺跡の町で、やせた土地のため作物はあまり育たず文字通り遺跡による観光が主な産業です。千年以上前の遺跡を見学する私達の案内をしてそのチップや土産の収入で生活しています。しかしここには現代文明に侵されてない純なものがありました。高い遺跡に登って夕日を見ると普段の日本の喧騒が忘れることが出来、乾季に出来た川の中の砂浜で景色を眺めていると何も考えずに時間がゆっくり過ぎていくようでした。

4日目、5日目は、また国内線で移動してヘイホーに行きました。空港から1時間移動しインレー湖のほとりにあるホテルで宿泊です。観光地としても有名なインレー湖を現地で知り合った女の子達と一緒に遊覧することにもなりました。彼女達は学生や仕事をしているのですが、近くに住んでいるのにインレー湖遊覧は初めてだといいます。湖の大きさ、それにレストランもホテルもお土産屋もすべて水上にあり1日中満喫しました。女の子達もとても楽しそうでした。
 インレー湖には近くにミャンマーでは珍しい温泉がありました。地元の人は入りたがりないそうです。しかしパガン・ヘイホーとガイドをしてくれたナインさんは日本にも来たことがあり、温泉はすごく好きだそうで我々を連れてきてくれたのです。つくりは小さなプールのようでしたが、とてもいいお湯でした。ゆっくり入って旅の疲れを取ることが出来ました。

6日目はまたヤンゴンに戻ってきました。他の都市をまわって戻ってくるとやはり首都だなぁと感じます。最終日は朝一で出国なのでこの日夕方ミャミャウィンさんが食事をご馳走してくれました。ミャミャウィンさんの家族やそのお友達、ガイドをしてくださったウィンナさんやナインさんも集まっての大宴会です。皆日本語を堪能に話されていて、日本の食事も好きですごく日本のことを好意に思ってくれています。旅の途中でもホテルの人もお店の人も町の人もとても朗らかで、とてもやさしく接してくれます。日本に行ったこともないのだけど日本語も少し話せて、日本のことを良く思ってくれている。でも私はミャンマーの人たちのことを何もわかっていなかったな…と大きく反省仕切りでした。
 宴会は食事もおいしく終始楽しくおしゃべりをしてとても素敵な時間を過ごせました。なぜだか日本にいるような気がしてなりません。冒頭で言ったように不思議な感じがしたのは、遠いミャンマーに来ているのになぜだか、日本の故郷にふらっと帰ってきたような気分になっているからです。私の主観ですが、ミャンマーはすごく日本に近い感じがします。まずその土地のにおいですが、私が必ず外国に行くと感じるのはその国が持つにおいです。日本人が味噌臭くて、ヨーロッパの人はチーズ臭いなどと聞きますが、どこの国も独特のにおいがあると思います。しかしミャンマーには私にとってにおいが感じられない。つまり日本にいるときのようなにおいなので意識しないのです。しかも食事や風景や人々の純朴さも手伝って自分の故郷に来た懐かしさがすごく漂ってくるのです。

短いながらもとても中身の濃いミャンマーでの7日間が過ぎました。百聞は一見にしかずとはよく言ったものですが、ミャンマーヘは行ってみないと分からないことばかりでした。私達と近いものをすごく感じましたが、経済的にはまだ豊かではないところはいたるところに見えます。しかし、これからは大きく変っていくと思います。そして、また目まぐるしく変遷していくであろうミャンマーをこれからも注目していきたいです。
 今年からまた日本とミャンマーの直行便が飛ぶようになります。日本との関係もより深くなっていくでしょう。その中で同じアジアの一員として日本がミャンマーに果たしていかななければいけないことは数多くあると思います。日本人一人一人がミャンマーの国というものをよく理解して、よりフレンドリーな関係を築きあげることができたら素敵だなと考える私でした。本当にありがとう。また返ってきますね!ミャンマーの皆さん。(終)


・現地報告書(大星雅司芝 隼人

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