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ミャンマー友好の旅


現地報告書

ミャンマー旅行記

豊川真由

アジアンパワーを感じたくてミャンマーへ

 今から12年前のことだ。国際交流の一環で初めてタイを訪れた時、私の中で「アジアへの好奇心」が爆発した。その頃のタイは観光地としても今ほど人気はなく、道端には通行人にお金を請う手足の不自由な人や花や新聞を売る裸足のストリートチルドレンがあふれ、ネオンの煌く怪しい夜の街ではたくましい筋肉とはミスマッチなミニスカートのお姉さん(本当はお兄さん)がウインクを飛ばしていた。バスはドアを開けたまま走り、市場では強い陽射しの下広げられた生魚や生肉にハエがたかり、そんなことは気にせず食材を買う客と売り人がいた。
 しかし、最近は首都バンコクを中心に経済がメキメキ発展し、近代的なビルにブランドロゴが並び、靴を履く人が増え、市場の生食材にはラップがかかるようになった。ずいぶん親しみやすくなったが、かつて感じた途上国ならではの「だらだら感」「適当らしさ」「不衛生っぷり」は減少した。いいことではあるのだか。
 そんなある日、昔のタイをよく知る人から「今のミャンマーは昔のタイにそっくり!」という話を聞いた。これは気になる話だ。「ごちゃごちゃした、薄汚い、混沌とした中で発せられるアジアンパワー」の原点を感じにミャンマーに行くことを決めた。

妄想に苦しんだ病院ハプニング

 ミャンマーに来て初めに行った場所、それは病院だった。1週間ほど前から腹部の調子が悪く、トイレとお友達状態だったのだ。放っておけば自然に治るかと思いきや、症状は悪化する一方。夜も起きてしまうくらいの辛さに耐えられず、友達に助けを求めた。
 連れて行ってもらったのはヤンゴン市内のこぢんまりとしたプライベート病院。受診表に氏名を書き、席で待つこと3分。すぐに個室に呼ばれた。内科の先生はとてもフレンドリーで英語が達者だった。しかし、達者すぎるせいか医学専門用語ばかり使う。意味を尋ねても、さらに多くの専門用語で解説されていまいちピンとこない。今まで日常英会話にさほど苦労したことはなかったが、この時ばかりは困った。「きっと膀胱炎ってやつだろう」と思ったが、英語で何て言うのか分からない。あたり前だか、ガイドブックのミャンマー語使用例にも載っていなかった。“I always feel that I wanna go toilet.”“ It is not stomachache, but I have a pain here.(腹部を指す)”など苦し紛れの表現で症状を説明したが、上手く伝わっているのか怪しい。先生は「?」の顔をしながらもOKとうなずき、次々と質問をふりかけてきた。「男の子と夜遊びしたりする?」「彼はいる?」「どういう付き合いなの?」「いつ会った?」「関係もった?」おかしな質問をするものだ。この先生、大丈夫よね!?…つい疑ってしまった。後から分かったのだが、膀胱炎の原因として性交渉が多いからのようだ。なるほど。
 そんなことも知らず疑いの表情を隠せずにいる私に、先生はニコニコしながら注射を勧めてきた。すぐに苦しみから解放されると言うのだが、何より私は注射が苦手だ。それに不安だってある。この先生は信用できるのか?症状はちゃんと伝わっているのか?衛生面は大丈夫なのか?
 いろいろな疑惑が頭を横切った瞬間、またトイレに行きたくなってきた。あぁぁぁ苦しい。これでは旅行どころではない。エンドレスの苦しみか、1秒の恐怖か…。究極の選択の答えは決まっていた。
 しばらく部屋に一人で残されドキドキする気持ちを抑えていると、先生が注射器を持って満面の笑顔で入ってきた。なぜか嬉しそうだ。余計に怖い。やっぱり止めようかな…。思わず躊躇したが、消毒用のアルコールの匂いがもうキャンセルはできないとおとしめてきた。もうだめだ。身を捧げる気持ちで診察台に横になり、拳に力を入れ、ギュッと目をつぶった。この間が一番嫌いだ。早く!来るなら来い!
 チクッ。全然痛くなかった。先生の腕は上上だ。使い終わった針もゴミ箱に捨てられているし、衛生面もしっかりしている。ちょっとホッとした。
 その後は尿検査だ。屋外に併設されたトイレは水洗だがとても汚い。ムッとする暑さの上、虫もたくさん飛んでいた。便座に座る人はいないのだろう。靴跡がたくさんついている。トイレがお友達の人のためにも、病院のトイレは清潔な場所であってほしい。
 30分ほどで検査結果が出た。先生はこんどは厳しい顔をしてやって来た。何から話を切り出すか迷っているようだ。どうしよう…。不安は絶頂に達し、暗い気持ちになってきた。人生の決断が下されるような緊張感とはまさにこれを言うのだろう。Well…と先生はゆっくり言葉を並べ始めた。しかし、またしても何を言っているのか分からなかった。何かの数値に問題があるらしい。一通り説明を終えると、「普通じゃないから日本で再検査するように。でもそんなに深刻なことじゃないから大丈夫」とつけ加えた。励ましのつもりなのだろうが、脅しにしか聞こえない。どうもすっきりしない。けれど落ち込んでいても仕方がない。不安を隠しつつ、精一杯の作り笑顔で「サンキュー」と言い、意味の分からない診断書と、何に効くのか分からない飲み薬を持って病院を去った。
 すぐに症状は良くならなかったが、その夜ホテルでのんびりしていた時、突然痛みが消えた。普通に戻った!健康って最高!これでやっとトイレにさよならだ!
 その瞬間、先生の顔がペテン師から天使に変わった。そして、体調良くミャンマーの旅が始まった。

追記:日本に戻ってから病院で診断書を見せると、「たん白がちょっと多かったみたいね。痛みがないなら問題なし。検査の必要もなし」と言われただけで帰された。なーんだ。

プライベート管理しすぎじゃない?
 「ミャンマーに行く」と言うと、友達はこぞって「珍しい国に行くね」「危険じゃないの?」「怖くない?」「気をつけて」と言う。行くまでは「銃を持った偉そうな軍人がたくさん歩いていて、一般人は脅えたような眼差しで路地に座り込んでいるような恐ろしく悲しい国に違いない」と勝手なイメージを描いていたが、実際は違った。びっくりするほど治安はいい。市場は活気に溢れ、町には多くのレストランが軒を並べている。そこは軍人を探し出すことの方が難しいほど平和で、あたり前のように外国客もいる観光地だった。
 しかし、どこか違うと思わせる点もある。路上に日本のような公衆電話は無かった。確かに電話台はあるが、横に電話係の人が座っていて、ダイヤルした番号と通話時間をメモし、話をしっかり聞いている。インターネットカフェは存在するものの、自分で文字を打ち込める場所は少なく、係りの人に言葉を伝えて代打してもらう。恋人にラブラブのメールを送るのも躊躇するだろう。通信機関にプライベートは無い。政策の一環らしいが、やり過ぎではないだろうか。これでミャンマーの人はのびのび生活できているのだろうか?管理されている感がぬぐえず、あまり自由な気がしなかった。

日本の物は大人気
 写真:2  街を歩いていると日本語をよく見かける。書いてあるだけでその物に高級感と高品質感をプラスするらしい。中古車もほとんどは日本から輸入されている。空港の滑走路を走るバスには「扉の開閉に気をつけて」と注意書きがあった。街には「江ノ電」と書かれたバスも、TOYOTAのつもりだろうがAOYOTAと書かれたトラックも、「東京新聞」と書かれた車も走っていた。市場では「愛媛県産みかん」と書かれた新しいダンボールに「じゃがいも」を詰めて出荷していた。デパートの傘コーナーに飾ってある写真はミャンマーの俳優が京都の金閣寺の前で傘をさしているものだった。「いいだろ」と書かれた和風のTシャツを着ている人もいた。「日本-台湾最新流行淑女服飾」と書かれたお店には日本製の服は一枚もなかった。なんだかおかしい。しかし、この「いいかげん」な感じが楽しくもあり、とても微笑ましかった。誤字によるおかしな誤解を与えないのなら、このままそっとしておきたいと思った。

ボロボロの車、不恰好な車
 NISSANと書かれたタクシーに乗った。日本の検査商標はそのまま貼ってある。ドアはもちろん手動だ。ロックは壊れていてかからない。ハンドルはなく、窓の開け閉めができなかった。メーターは常に0キロ。時速何キロで走っているか分からない。カーステレオはなく、配線が何本もむき出しになっていた。床に空いた小さな穴から道路が見えた。クッションのバネは曲がっていて、座るとキーキーと音を立てた。
 そんなボロボロの車でも、ミャンマーの人はまったく気にせず乗っている。いつ故障するか分からないと思うとちょっと怖かったが、「使えるものは完全に壊れるまで使う」という気合いの入った使いっぷりが気に入った。いつの日か経済が発展してミャンマーに車の生産工場ができたら(現在は無い)このような車は無くなってしまうだろう。貴重な体験をした気がする。
 ミャンマーの街を走る車を見てどこか変だと感じた人は多いだろう。後ろが上がっているため、前につんのめったように見えて不恰好なのだ。サスペンションを調整して、わざとタイヤとボディの間を広げているらしい。びっくりしていた私にミャンマー人はびっくりしてこう言った。「後ろに荷物をたくさん乗せるんだから、あたり前じゃない?」
 確かに理に適っている。しかし、ちょっとかっこ悪い。デザインよりも機能重視なのは分かるのだが…。そう思いつつも、毎日見ているうちに、日本の車はどうしてこうしないのだろう?と思ってきた。「感覚麻痺」という言葉があるが、本当だ。

なりきり女優
 ミャンマーの夕陽が美しいのをご存知だろうか。川岸にたたずんで真っ赤な夕陽が沈んでいくのをうっとり眺めていた時のことだ。ミャンマー人の女性が近づいてきて「ワタシ日本語チョットOK、カネシロタケシ、イイオトコ」と握手を求めてきた。キラキラした素敵な目をしている。アメリカとは違ってミャンマーには挨拶の時に握手をする習慣はないはずだ。珍しい。もしかして…と思いつつ、「金城武ね、私も好きよ」と女優さながらの笑顔で彼女の手を握り返すと、とても嬉しそうにしていた。やっぱりそうだ。後ろめたさもあったが、ちょっぴりいい気分だった。何か言いたそうな様子に、次はサインでも求められるのかと思ったら、もう一度「カネシロタケシ、イイオトコ」と言っただけで彼女は去っていってしまった。途中、一度だけ振り返って「キムタク、イイオトコ、サヨナラ」と叫んだ。私が日本人というだけで、共通の話題や何か知っていることを話したかったのだろう。話の内容は何であれ、こうした交流が楽しいと感じた。
 ミャンマーでは海外の俳優も人気だ。お菓子を買った時につけてくれた袋は、今をときめく「ヨン様」だった。

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