ミャンマー友好の旅
現地報告書
ミャンマー旅行記
豊川真由
ミャンマーでは、現在も武力による政権運営がなされている。平和な生活があたりまえの日本には、ミャンマーや近隣諸国で問題となっている売春問題、人的虐待、強制労働などに関わるニュースはほとんど飛び込んでこない。海外マスメディアへの報道の制限はもちろん、電話やEメールといった国内の通信機関さえ軍事政権に管理されているという…。ミャンマーとはそんな閉鎖された国なのだ。
また、世界各国にはミャンマーの人権や環境などの問題解決に取り組むNGOが数多く存在する。一般にNGOとは「非政府」の市民主体の組織を意味するが、大きく分けると、「非政府」でありながらも政府と連絡を取り合い対等な立場で活動をする組織と、政府から離れた場所で独自に活動をする組織がある。この2つの違いは何なのだろうか?
そんな疑問を抱えつつ、それぞれの組織に直接アプローチすることにした。
※ここでは、あえて「ミャンマー」と「ビルマ」の2つの表現を使い分けたい。1989年に軍事政権が英語呼称を「ビルマ」から「ミャンマー」に変えた。それにより、それぞれの表現が人に与える印象が、気持ち良くも、悪くもなってしまう現実があるからだ。政府公認のNGO関連の文章には「ミャンマー」を、チェンマイで民主化を願うNGO関連の文章には「ビルマ」を用いたいと思う。
◆Save The Life
◇ミャンマー政府公認の唯一のNGO
◇オフィス:ミャンマー/ヤンゴン
諸外国の外務省やJICAなどと手を組みながら、農業、林業など、環境支援の対策を練っている。
一方、助けを必要としている人達への支援活動も行っている。ミャンマーでは紫外線の強い照り返しが眼球を傷つけ、白内障になる人が多いのだが、それを治せる医者が少ないことや財政難により、ほとんどの患者は病院に行くこともできず、失明するケースが多い。Save The Lifeでは、これらの白内障患者を無料で治療している。
代表のウインナインさんは、「国を民主化にするためには、数々のステップを踏む必要がある。今すぐ…というわけにはいかない。政党が変わったとしても、利権により体制が崩れかねないからだ。将来は、病院を増やし、銀行を建て、シンクタンクを作りたい。」と熱く語った。そのための土台作りとして、種々の分野の専門家を集め、国づくりのための研究、開発を行い、戦略を立てている。
◆HREIB(Human Rights Education Institute of Burma)
◇ビルマの少数民族によるNGO
◇オフィス:タイ/チェンマイ
人権や教育問題などのワークショップを開いたり、ビルマが抱える様々な問題を伝える出版物やポスターの発行をするなど、幅広く活動している。諸外国の大きな組織からの援助もあり、海外で開かれる国際会議に出向くこともある。
スタッフの多くは、カレン、カチン、シャン、パオなどのビルマの少数民族だ。中でも、ナイヤップというモン族の青年の話は特に興味深く、心に突き刺さるものがあった。
ナイヤップはビルマのモン州で小規模自作農の家に生まれた。7歳の時、家に軍人がやってきて、税としてその年の収穫をすべて出せと命令された。しかし家にあった穀物では足りず、父親は近所で買ってきてまで払ったと言う。また、軍人から「砂利道を膝で歩け」と命令を受けたらそれに従うしかなく、反抗すれば殴られるそうだ。そんな軍人の不条理な行為に腹を立てつつも成すすべもなく、悶々とした思いを秘めていた。その後、大学を卒業したが、少数民族の彼には将来のあらゆる可能性は閉ざされていた。そこで、家族にすら知らせずにタイへ渡り、チェンマイで民主化運動を始めたのだ。彼の将来の希望を聞くと、「ビルマが自由になり、帰ることができるなら、教育の行き届いてない地域で子供たちのために働きたい。でも民主化は簡単には実現しないと思う」と言った。祖国に帰りたくても帰れず、自由に身動きもとれない環境にある。「真由はどこの国を旅行してきたの?ぜひビルマにも行って欲しい。いろいろ話を聞かせてよ」と明るい笑顔で話すナイヤップに、私は100%の笑顔を返せなかった。彼のパスポートはもちろん偽造だ。ビザも簡単に取れ、海外でも自由に動き回れる日本人の私とナイヤップとは、あまりに違った環境で過ごしていたからだ。
その夜、ナイヤップはバイクでチェンマイの町を案内してくれ、夜景が綺麗に見える山へ連れて行ってくれた。途中でバイクが故障して山道を歩いて下るハプニングもあったが、そういった時間も、何気ない会話も、とても楽しい思い出となった。何より、国境や民族といった壁を超えてお互いを知り合えたことが私は嬉しかった。
◆UNYL(United National Youth League)
◇少数民族青年合同連盟組織のNGO
◇オフィス:タイ/チェンマイ
カチン、モン、アラカン、シャンといった多くの民族の若者が集まり、ビルマの民主化、自治権獲得などに関して話し合い、情報交換や出版物の発行をしている。将来、ビルマの国づくりにどう関わっていくかといった議論にも真剣だ。
現在、タイ国境の難民キャンプには15万人のビルマ人が暮らしていると推計されている。しかし、タイ政府の難民への対応は年々厳しくなっているのが現状である。UNYLはそんなタイ政府から逃れてきた少数民族の会議の場として、また寝所としても活かされている。
◆WEAVE(Women's Education for Advancement and Empowerment)
◇ビルマの難民を支援するNGO
◇オフィス:タイ/チェンマイ
「諸外国のNGOからの援助に頼るだけでは成長できない。手に職をもち、収入を得ることで、女性も社会の中で自信をもって活躍できる」という考えのもと、難民キャンプで暮らす女性を対象に様々な教育をしている。また、織物を学んだ女性が実際に手作りした布人形、布小物などの商品を売る場も提供している。
ビルマからタイに渡る女性移民労働者の中には、農場、工場などで働く人もいるが、性労働を仕事とする人も少なくない。人身売買によって強制的に連れてこられてきた人もいる(山岳地帯に住む10歳の女の子がテレビなどと引き換えに売られていると聞いた)。
また、国境を超える際に、ビルマの軍人からレイプなどの性的暴力が相次いでいると報告されているが、政府は黙認しているのが現状だ。今回は訪れることができなかったが、SWAN(Shan Women's Action Network)という団体が"License to Rape"という本を出版している。ビルマのシャン州における軍人のレイプの実体を綴ったものだ。これは国連にも提出されている。
難民キャンプには様々な背景やリスクを抱えた人がいる。その中で、女性が自信を持って社会の中で活躍する場が増えるのはとても嬉しい事だ。
◆S.T.A.―なみだの分かち合いアジア―
◇少数民族の民主化運動支援、売春と戦う女性の支援、日本人の現地スタディーツアーなど、様々なプロジェクトを運営する日本のNGO
◇オフィス:愛知県/日本
ビルマに旅立つ直前、何気なく見ていた新聞にS.T.A.の代表、山田隆光(りゅう・チャクマ)さんのビルマに関するコラムを見つけた。「ビルマは助けを求める人が多く貧しい国」というイメージを勝手に描いていた私は、何か助けになることをしたかった。「私は何ができるのだろう?」そう思い、即座にりゅうさんのNGOオフィスを調べ、メールを送った。りゅうさんの返事は、「何ができるかと考える前に、まず知ること。何かをしてあげるなどとは考えないこと。知ることで、そのことを自分自身の体験だけに止めておくことは、私たちに体験させてくれた人々に失礼だと思うようになるだろう。第三世界の人々は常に何かをしてもらう人々、先進国の我々は常にしてあげる人というステレオタイプのイメージを先ず拭いましょう」というものだった。
確かにそうだった。この言葉に良い意味でショックを受けた。「支援」という発想では飢えや貧困の問題は解決しない。何故なら、支援というのは「持った者が持たない者へ」という発想で成り立っているからだ。「支援する者」「される者」という関係ではなく、アジアで暮らす弱い立場の人々が、自分達で考え、自分達の力でできる限り現状を変えることができるよう、分かち合うことが彼らの苦悩を解決する一つの手段だとりゅうさんは言う。
偶然にも、私はタイのチェンマイでりゅうさんに会うことができた。彼はビルマの少数民族の現状、売春エージェントに命を狙われながら売春阻止のために闘っている友人の話など、たくさんのことを熱心に教えてくれ、HREIB、UNYL、WEAVEなどのNGOオフィスを案内してくれた。実際に何人ものビルマ人に会い、話し、一緒の時を過ごすことで、彼らの祖国への思いや民主化にかける真剣な様が痛いほど伝わった。彼らの純粋で力強い眼差しが明るい未来を予感させてくれた。もしりゅうさんと会わなければ、私のチェンマイ滞在は、ガイドブックに沿った山岳地帯のトレッキングや観光地と化した少数民族の家を訪れただけで終わってしまっただろう。
民主化を求める夢は一緒
「Save The Life」のように政府と連絡を取り合い対等な立場で活動をするNGOと、「HREIB、UNYL、WEAVE、S.T.A.」のように政府から離れた場所で独自に活動をするNGO。この2つが一緒に活動することは、今のところない。むしろ距離を置いているといっても過言ではない。
政府から離れたところで活動をしている人からこんな話を聞いた。「ビルマ政府は少数民族全員に番号をつけ、軍事的に管理しているらしい。人間に番号をつけるなんて人権にそぐわない。少数民族にも人権がある」と。しかし、Save The Lifeの人に「それは本当か?」と聞いてみると、「それはミャンマーの国の人全員にやっていること。少数民族だけに特化してはいない。この世に生まれた瞬間からみんな番号を持っている」という答えが返ってきた。これは怖いと思った。相互の情報交換がないことで、誤解したり、思い込んだり、相手をさげすむようなケースを生じさせるのではないかという不安だ。
インフラや経済の基盤を政府の内部から変えようと働きかける動きは重要であり、国全体を動かす大きな力となるだろう。そして、売春問題、レイプ、暴力、強制労働といった国境地帯の少数民族が直面している悲惨な現実を解決しようとする力も偉大だ。それぞれのNGOの人々が真剣に議論し、それぞれの解決策を練っている。ステージは違っていても、今は無理でも、近い将来、相互が協力・理解し合うことでミャンマー/ビルマの明るい未来がつくられることを強く望んでいる。「民主化された、豊かで平和な国を」という目標は一緒なのだから。
最後に…
1週間のミャンマー滞在先に、私は首都ヤンゴンだけを選んだ。ミャンマー人は「ヤンゴンは何もないからつまらない。たくさんのお寺を見に他の土地へ行くといい」と言う。お寺にお参りすることが観光だと思っている人が多いようだ。しかし、それは私には大して重要ではなく、一つの都市でのんびり過ごし、人々の暮らしを見る方がよほど興味深かった。
街を歩き、車に乗り、ミャンマー人と話し、みんなと同じご飯を食べ、国のあり方について考えた。視野も広がった気がする。様々なハプニングも今となっては楽しい思い出だ。
旅先では毎日何らかの発見があり、何かが起こる。とてもエクサイティングで楽しい。だから旅行はやめられない。数年後、新しいミャンマーを見に、再び訪れてみたいと思った。
|