kitombo.com | 三神たけるのお伽秦氏 | 2008年4月7日
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三神たけるのお伽秦氏
「蛇」

三神たける
4月7日

 京都における秦氏の本拠地のひとつに太秦がある。国宝第一号の弥勒菩薩像が安置されていることで知られる広隆寺があるところである。伝承によると、広隆寺は聖徳太子の勅願寺で、ブレーンであった秦河勝が建立したといい、別名を秦公寺、蜂岡寺という。ちなみに、広隆寺の広隆とは、秦河勝の本名であったとも伝えられる。
 実は、この広隆寺の付近には、いくつか古い古墳が残っている。いずれも秦氏に関わる古墳であると推測されているのだが、なかでも最大級を誇るのが蛇塚古墳である。広隆寺の西方、住宅地の真ん中に岩がむき出しになって鎮座する姿は、その異様さから飛鳥の石舞台とも比較される。築造年代と規模から考えて、蛇塚古墳の被葬者は京都の秦氏を束ねた秦河勝ではないかとも推測されている。
 しかし、考えてみると、岩だけの姿も異様だが、名前も特異である。蛇塚である。岩の隙間に蛇が多数棲息していたからだともいわれるが、古代豪族の墓の名称にしては、少々、気味が悪い。何かほかに理由があるのだろうか。
 手足のない蛇は、見ていて、気持ちのいい動物ではない。とくに毒蛇は忌み嫌われる。蛇は警戒すべき動物であり、そこから魔物の象徴とされる。西洋において、蛇は魔王サタンの化身以外の何者でもない。
 しかし、東洋では、少々、意味合いが違う。もちろん蛇は畏怖されるのだが、半面、知恵や権力の象徴ともされた。蛇は龍になり、龍神は皇帝の守護神として崇拝された。日本でも、白蛇は弁天様の使いであり、縁起のいい動物として珍重された。
 実は、これキリスト教の根底に隠された神秘主義カッバーラ、すなわちカバラでも同様の意味がある。カッバーラの基本は二元論であり、日本の陰陽道と本質的に同じ思想を共有している。象徴には、すべて表と裏があり、表が神であれば、裏は悪魔である。逆に表が悪魔ならば、裏は神である。蛇の象徴もしかり。魔王サタンの象徴とするのは表であって、裏はイエス・キリストの象徴なのだ。サタンは害をなす毒蛇であるのに対して、イエス・キリストは救いの青銅の蛇なのである。
 ユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏、なかでもイエス・キリスト=太秦の称号をもつ秦河勝は、同時に青銅の蛇として崇拝されたのではないだろうか。つまり、蛇神としての秦河勝である。これが死後、蛇塚古墳の名称に影響を与えたのではないだろうか。
 思えば、日本神話におけるイエス・キリストは天照大神である。その天照大神は中世の説話世界では、蛇神として位置づけられていた。天照大神の象徴である太陽は、そのまま者眼でもあったのだ。こうした象徴体系から秦氏をめぐる「蛇」の暗号を読み解けば、まだまだ興味深い事実が浮かび上がってくるかもしれない。
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